なんのために生きるのか


奴隷は、ご主人様のために生きる。

カトリックの世界では、この世は全て全能の神がお決めになった通りに動く。

だから、タイムマシンで過去に行けば、経験した過去と同じ過去があるし、過去を変えるのは、全能の神への反逆で、悪魔の所業。

プロテスタントでは、選ばれた人間であれば、神の意図を知ることができるそうだ。

上司の命令を実現する為に働く場合、それに、全部の時間を費やしたとしても、上司はもちろん神じゃない。


一番ありがちなのか、子を養う為。

親なし(施設とか、親の代行者もなし)で育った子はいない。

人がいるのは、親が子を育てた為ともいえるので、子を育てる為というのが、一番しっくりくる。


ということは、生きるというのが最上位価値。

生きるは、「なんのため」の後ろじゃなく、前に付く。


生きる為に生きる。

ま、子供とか、子供がいない人は、社会とかだろうから、子供を含めた他人を生かすために生きる。


で、自分も、自分以外からは他人なので、

生きる為に生きる。


よくわからない人は、「他人を生かすために生きる」と覚えても、可。