謙信の子供たち3


越後守護の上杉定実が世継ぎ問題で隠居したので、守護代の晴景の復権である。

上越は、長男の晴景、中越長岡市下越新潟市)次男三男の秀忠(江のだんなさんじゃないよ)景房が出張っていたが、戦いが弱いので、次男三男は殺されてしまう。

で、しょうがないから、守護代晴景は、出家していた謙信が、元服の年になったからということで、還俗させ、中越栃尾城に赴任させた。守護の定実もかかわっていたようだ。

この坊主あがりの謙信が、強かった。

生まれながらの坊さんだから、死は恐れない。

それに、人情にも薄かったのであろう、果断な命令を平気で出す。太平洋デタラメのとき、士官学校出身のインテリエリート士官が、突撃玉砕を平気で命令したのに似ている。

子供は、残酷である。

神の加護とか、さすが修行された方は違うという、今で言う学歴信仰(東大出身者は凄いという民間信仰)もあったのだろう。

彼は林泉寺(今の東北大相当)という超エリート大学出身である。

エリートが言うんだから従って見ようかというのも、あったと思う。

謙信にしてみれば、次男三男があっという間に殺され、長尾家の滅亡を危惧していたはず。

殺らなきゃ殺られるのであります。

でも、勝てた。

しかし、勝てばそれはそれでいいのです。

丁度、守護の定実が隠居しているのでありますから、守護代が、国を仕切るのは当然であります。

仕切るのに必要なのは、戦いで勝つこと。

で、兄晴景に代るのも、当然。

この交代劇には、隠居の定実が出てきたらしい。

定実は、兄晴景の懸念を払拭するために、弟の謙信を晴景の養子にして、晴景の子が成人するまでの後見役にすえた。

晴景の心配は、謙信が自分の子供に、守護代を譲るのではないか?
そして、自分の子供がころされちゃうんじゃないか?

そこで、謙信は妻を娶らないことも、不犯の誓いもしちゃいます。

謙信は、晴景の長男の後見なのであります。

で、謙信は坊さんですから、生真面目で、秀吉や家康の様に、後見をした後に、世継ぎを廃し、自分の子に天下を譲るなんてことは、これっぽちも考えません。

が、世の中一般や、晴景は、それを心配します。

続く