考察:大衆政治(7)


マスゴミは、大衆政治に大きくかかわっている。

マスゴミは、大衆にディズニーランドを提供している。

シンデレラ城に入って、「悪い魔女をやっつけよう」というミッキーの言うとおり、でたらめにボタンを押すだけで、凶悪な魔女を退治出来ちゃうのである。

マスコミは、視聴率という測定器で、大衆の好みをとてもシビアに検証している。大衆の好みに合わないものは、容赦なく切り捨てられる。

そして、大衆の好みを上手につかむ物が、どんどん力を持っていく。

大衆も、マスゴミの作り出す虚構は、自分の思い通りなので、とても気持ちがいい。

本当は、「お前は何様なのだ」であるのであるが、総理大臣のように、検察官のように、気に入らない悪人をばっさばっさと切って行く。ミッキーの号令と共に、出鱈目にボタンを押すだけでいいのである。

こんなことは、実社会では体験できないので、とっても快感である。

その快感を当てに、マスゴミに勤める人々は生計を立てている。

ニュースも、本当のニュースは難しい。社会の現象は、少なくとも実験室の中で抽象された現象より、何億倍も複雑であるが、実験室の説明(科学という学問のこと)でさえ、チンプンカンプンなのである。実社会なんて、理解の範囲をはるかかなたに超えている。

しかし、ニュースという名目のものの提供しないと、大衆は不機嫌になるので、社会の出来事の中で、大衆が関心のありそうな出来事を、大衆が理解できる事実だけで構成して伝える。それに、ニュースという建前をつけると、大衆は満足する。

自身の陳腐な頭の中で、社会問題を解決しているような気分になれる仕組みである。

シンデレラ城のボタンは、誰も押さなくても、悪い魔女の映像は、悪い魔女はやられてしまうのであるが、それに、文句を言う子供はいない。