実録:沈んでいる中学生の引き上げ

「沈んでます。沈んでます」
「誰か、泳げる人いませんか?」
「自分は泳げないんで」
「浮き輪ください、浮き輪」

男の人が、大声でしゃべっている。叫んでいるという緊迫感は無い。

近くの人が、泳げる人が二人、青い浮き輪を持ってきた人がひとり。

泳げる人二人も、走ったりはしない。歩いて向かう。

沈んでいるというのだから、生きてはいないだろうと思うのだろうか。それに、だれもよくある「溺れている光景」は見ていないので、唐突に沈んでいますといわれて、本当か?と思う気持ちもあったと思う。

ここの海水浴場は、海岸から30mくらいのところにコンクリートの堤防がある。その堤防は20mくらいで切れて、連なっている。

ひとつの堤防で見ると、波は堤防に当たった後、回りこんで、堤防の真後ろで、左右の波がぶつかる。そういう波の流れなので、堤防の真ん中と海岸をつなぐ線には、砂が押し寄せられ、小さな海底山脈を作っていて、その山脈を歩くと、腰までの深さで、堤防まで歩ける。

しかし、それ以外の堤防の周りは、足が立たない。

自分から見て、左隣の堤防の内側の区域で、男は大声でしゃべっている。左隣の堤防の、右端の手前数mの地点らしい。

そこについた泳げる人が潜るが。

「全然見えない」と顔を水面に出す。

そういえば、腰まで使った状態で、自分の水中の足は、腿が見える程度。足先は見えない。水は濁っている。

泳げる人は、泳いでどんどん外側に行くので、

「もっと左側、もっと手前です」

って、持ってきてもらった、青い浮き輪に掴まった泳げない発見者が、声を出す。

少し戻って潜るが、見つからない。

自分もその海底山脈の中ほどまで歩くが、泳げるというほど、泳げないので、(たぶん1分が限界)、そのまま見ている。

浮き輪なしで泳いでいる小学生の男女が泳ぎだそうとしたが、「君何年生?」ってお互い学年を確認して、戻ってくる。

そうこうしている内に、次の一団が来る。

体格のいい集団で、途中から泳ぎだすものもいる。5〜6人はいるだろうか。その中で、女の子に「救急車呼んどけ」って指示している。

ただ、あまり緊迫感は無い。だれも、走っていない。その中の「自分はおよげないから」とかいっている子が、沖というか海底山脈の上にたっている自分に「そこ深いですか?」なんて聞いてくる。

先に行った泳げる二人は、泳げるので、どんどん沖の方に行くので、後から来た5〜6人もつられて、沖の方へ泳いでいくので、青い浮き輪の男が、「もっと右です」「もっと手前です」
っていう。

自分も「あの白い浮き輪のあるあたりです」って、言ったと思う。

ようやく沈んでいるらしいあたりに、人が7〜8人密集して、それなら手で探っても見つかるかって、感じになった。

「ピンクのシュノーケルです」
「泡がでていました」
「白い海パンです」

青い浮き輪の男は、大きな声で説明している。

その頃、電話で出動したのか、この暑いのに長袖、長ズボンの一団が到着した。紺色の上下が4〜5人、白の上下が2〜3人。しかし、水には入らない。

ビーチに敷物をしいている家族連れの所へ向かう。

「ま、あの格好じゃ、海には入れないな」

って、思うが、電話した人に内容を確認しているらしい。

しかし、内容を確認するより先に救助だろうって思ったのか、遭難場所に一番近い海岸線まで、歩いてくる。発見グループの一人は、紺の上下が持っていた、小さな浮き輪を手に海へ走っていく(これは役に立たないだろう)。

その時、「見つかった」と声。

白の上下は、携帯で報告している。

「2名の内1名は海水浴客によって発見された模様」(2名というのは、複数の通報による情報の混乱だろう)

浮き輪を持っていきかけた発見グループの一人は、今度は、紺の上下が持っていたロープの先を持って、走り出す(これも役に立たない)

「息してない」って救助グループの声

その頃になってようやく、紺の上下の一人が、担架を取りに走る。一人乗りの小さなそりみたいな、小さな担架が到着すると同時に、水が深いうちは二人に両腕を抱えられ、浅くなったらひとりに抱きかかえられて、細身の小さな体が海岸に到着する。白い海パンが見える。

救急車も来ているのであるが、まずは、応急処置をするって、マニュアルなんだろうか、2,3分人工呼吸。
白い上下の一人は、「あまり近寄らないで」って、人をブロックしている。

やっぱり人工呼吸は無駄だったようで、何人もで小さな担架をもって、救急車に向かう。

見ると、なぜが消防車も2台来ている。

二人組みの警官がようやく急ぎ足で現場に向かってきた。
長々と事情聴取をしていた。

沈んでいた子は、一人で来ていたのだろうか。親兄弟が泣き叫ぶなんて、一切無い引き上げであった。

発見者は「中学生が」って言わなかったと思うが、集まった人が「中学生が沈んでいるらしいよ」ってしゃべっていたのは不思議だった。

追記:その日のローカルニュースによると「中学生4人で泳ぎに来ていて、一人が溺れた」というので、発見者グループじゃなくって、青い浮き輪、白い浮き輪、浮き輪やロープの無駄な動きの3人が、仲間だったんだろう。

とすると、「沈んでます」じゃなく「溺れました、助けてください」というべきだったと思う。